なんななナンセンス

益体もないナンセンスなことを、ある程度は掘り下げて考えた

ネガティブ感情7つと友達みたいに一生付き合っていくための考え方

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厄介な感情ってありますよね。感じる必要のないシーンで感じたり、感じて当然なのに感じなかったり。こういうのは無くそうとしたり強引に思い込んで変えようとするものではなく、末長く程々に付き合っていくものです。感情に流されたり従うのではなく、かといって無視したり天邪鬼になるでもない、適度な距離感が望ましい。言うは易しですけどね。

1.罪悪感

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感じる必要のない罪悪感というのもあります。返報性の原理を利用して営業マンや詐欺師が巧みにNOと断れない状況を作り出します。断るのは悪いこと、と思い込ませることで生まれる「意図的に感じさせられた罪悪感」は感じる必要のない罪悪感です。自分の置かれた状況を冷静に客観視することで気付けるはずなのですが、作られた罪悪感を自分の本心からくる感情だと錯覚したまま一生を終える「騙され体質」な人は密かに多いかもしれません。

2.劣等感

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劣等感を植え付ける、という定型句になってますが、文字通りに植え付けようとしてくる輩がいます。罪悪感を植え付けるともいうように、他人から意図的に劣等感を感じさせられることがあるものです。そうすることによって相手はメンタル面で優位に立てたり優越感を得るという「利益」が生まれますから「なんでそんな無意味なことを」などと疑問に思うだけ無駄です。次に紹介する厄介な優越感の奴隷になっている人は意外と多いもの。いわゆる「マウンティング女子」などがそうですね。劣等感を植え付けるのが上手くて趣味になっている人たちには近づかないようにしましょう。

3.優越感

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優越感の奴隷になってはいけません。醜いマウンティングモンスターに変身してしまいます。相手を下に見て、上から目線で接してくる人に良い人はいません。また、寛容さや心の広さとも関わりますが、人の些細なミスに対して鬼の首を取ったかのようにこき下ろしてくる人も優越感の奴隷である可能性があります。少なくとも同じミスをしていない自分のほうが上、という簡単に手に入る優越感の虜なのです。あさましいですね。

4.悲愴感

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かなーしーみのー、向こうーへとー、辿り着くために悲愴感をもエネルギーに変えて行動へと移しましょう。もうに二度と同じ惨劇を繰り返さないために。悲しみに暮れている人の背中というのは、そりゃもう世界の終わりかのような救いのなさが漂っています。

5.倦怠感

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うーんだるい。何もしたくない。やる気が起きない。寝ていたい。という内科的な倦怠感は本当に病気の初期症状の可能性があって侮れませんが、例えば恋人間や夫婦間に発生するいわゆる「倦怠期」は厄介です。病院でお医者さんに診てもらっても治るとは限りませんからね。なにせ原因は個人ではなく人と人の関係の中にあります。だからこそ抗うのは無駄だともいえるわけで、二人が抱く倦怠感を無理に解消しようとガラにもないパフォーマンスやアブノーマルなプレイに手を出すと黒歴史になるのでくれぐれも冷静に。

6.無力感

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無力感を感じるということは、力の差を自覚できているということ。上達、勝利、成功、すべての始まりは自分の無力に打ちひしがれるところから始まっているかもしれません。人間が勝てない相手は他の人間だけでなく動物、自然、病気、薬品など無数にあって当たり前。完璧主義の人がたった少しの予定変更で一気にやる気なくしたりします。思い通りにできなくて当たり前という宇宙の法則を忘れないようにしましょう。

7.不快感

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不快に感じることがあるからこそ、逆にそれ以外のことを心地よく感じるもので。言われて不快な言葉、されて不快な仕草、いるだけで不快な存在。思い出しただけでも腹が立ってきて仕方ないかもしれませんが。不快感と友達になれ、といわれても、苦痛を無視しろと大佐に命令されたランボーのように本能レベルで納得できないに決まってます。もし感情だけで生きていくのではなく、ひとかけらでも理性を諦めていないなら、考え方次第。どんな不快感にも功罪があり、強ければ強いほど、長ければ長いほど解放された時のカタルシスもまた大きく返ってくるでしょう。

【下見部】札幌駅前ビアガーデンを下見してみた

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この時期、サツエキでやってるビアガーデンにふらっと下見に入ってみました。もちろん誰かと来る予定はありません。きちんとしたタイトルは銀座ライオン札幌駅南口ビアフェスタとか。ライジングサンロックフェス推しのビアガーデンです。

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サッポロクラシックをジョッキで頼みたかったけど大ジョッキは1リットルもあって、いやまあ飲めなくはないけど、ダイエットしてるので中カップにしました。お料理もダイエットしてるので頼みませんでした。下見的に情報不足なんじゃないか、と思うかもしれませんが、周りのテーブルに運ばれて来る食べ物をチラ見して心は満足したので大丈夫。

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なお、人生初の一人ビアガーデンです。生ビール1杯飲んで帰ります。下見なので楽しむ必要はありませんが、楽しいか楽しくないかでいったら楽しい方に感じますね。ビアガらしく周りにはウェーイが多いので、そういう雰囲気ニガテなら来ないか、遠く離れた端っこの方に座りましょう。

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せっかくの下見ですから、想定されるケーススタディを色々と考えてみます。

飲み会の一次会に

まあこれは予定されていても、成り行きや勢いでもありがち。札幌駅前を通りかかって他に希望する飲み屋が無ければこの季節、期間限定のビアガに決まり。でもなー、なんかありがちというか無難というか、そんな普通感は否めない。飲めればどこでもいいと思っているメンバー中心なら問題なし。何リットルも入った巨大ビールサーバーを頼んでみんなで空ければいいと思います。一次会だからこそ飛ばしていきましょう。

別れ話を切り出す舞台に

マンネリが続いた関係の清算、DVに耐え切れなくなった暁の安全な舞台、何股かカウントするのも面倒くさい恋人への三行半劇場。周囲に軽いノリの人が沢山いて多少のトラブルなら喧噪に埋もれそうなビアガーデンは、犬も食わない別れ話のような腐りかけた木の葉を隠すのにうってつけの森です。しかし別れ話のダメージをそうやって緩和しようとする誤魔化しはロックではないし、迷惑行為スレスレ。ご利用は計画的に。

電車待合の時間つぶしに

なにせ札幌駅前のビアガーデンですから。電車が発車するまでの間、ここで暇をつぶしてくださいといわんばかりの好立地。生ビールの大ジョッキを外で飲んで過ごす時間つぶしなんて、なかなか贅沢じゃないですか。まあ大ジョッキは1リットルもあるので、軽く一杯、と手を出せるかどうかは各自の肝臓キャパシティに委ねられていますが。

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そろそろ混んできたので下見終了。やっぱ生ビール美味しいね。

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チャーリーブラウンの名言7選+α 【ピーナッツ・スヌーピー】

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世界一有名かもしれない犬キャラ、スヌーピー。彼の出る作品名はスヌーピーではなく「ピーナッツ」であり、主人公はスヌーピーではなく飼い主の少年「チャーリー・ブラウン」です。そのチャーリーは子供ながらに豊かな経験に裏打ちされた名言の数々を残しています。人生のベテランにして推定小学生のチャーリー、いえ、チャーリーさんから得られる至言に耳を傾けてみましょう。

1.「知らない間に人は老いて何も達成せずに終わる」

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さっそく、あたかも人生の終わりまで知り尽くしているかのようなチャーリーさんの名言。結果論とはいえ、何も達成せずに終わる生き方をどう受け止めるかによります。知らない間に、というのがまた怖いですね。

2.「気持ちは分かるよ。でも君だけじゃない。みんな結婚する時は不安になるんだ。もう泣くなって。行こう。結婚してよかったってきっと思うから」

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小学校男子(推定)の言葉とは思えませんね。結婚適齢期までまだ10年以上も先なのに、なぜ結婚の心理を知っているんでしょうか。しかも過去形です。包容力と安心感。マリッジブルーで不安な時期にこうケアされたら、男でも惚れてまうやろ。

3.「自分以外の人間になりたいと願いながら、人生を送るのは耐え難い」

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チャーリーさんはチャーリーさん以外の何者でもない。しかし人によっては特に若い頃ほど、憧れや目標にする他人と瓜二つの同じ人間になろうと願ってしまいます。いつしかそれは本来の自分を見失う生き方だと気付くわけで。かつてチャーリーさんも通った道だったのかも。

4.「人生という本には、後ろのほうに答えが書いてあるわけじゃない」

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深いですね。後ろ、というのはおそらく人生の後半。お年寄り世代か、もしかすると最期の1ページを指しているかも。しかし、答えがそんな後ろではなく、本の途中のどこか、人によっては最初の1枚目か、イケメンなら2枚目に書かれているかもしれないのです。

5.「正しい答えが人生のすべてじゃないでしょう?」

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人生には答えがあるともいえるし、ないともいえる。その答えが正しいかもしれないが、間違った答えもまた人生の大切な一部分であると。時には正しい答えのほうが間違っている状況もありえるのが人生。たくさんの間違った答えを経験してきたチャーリーさんの言葉はタメになります。

6.「この手はいつか偉大なことを成し遂げるかもしれない。 この手はいつか驚くべき仕事をするかもしれない。 橋を架けたり、病人を治したり、ホームランを打ったり、魂を揺さぶるような小説を書いたりするんだ。 この手はいつか運命を変えるかもしれないんだ」

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かっこいい。チャーリーさんの見据える未来はいつだって輝いています。可能性を信じましょう。この手は魂を揺さぶるようなブログを書いたりするんだ。

7.「読書っていうのは冒険の一種なんだ。(本を)読むのは新しい場所への旅だ」

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「ブログっていうのは冒険の一種なんだ。(ブログを)読むのは新しい場所への旅だ」と置き換えてはチャーリーさん、いえ原作者のチャールズ・M・シュルツさんにきっと失礼でしょうか。多くの本を読めば読むほど

+α「〇〇は死んだんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ」

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まるでチャーリーさんが残しても違和感ない名言に聞こえますが、いつからかネットの海で発生した二次創作セリフです。〇〇には「キルミーベイベー」「ゆゆ式」「ごちうさ」「きんモザ」など放映終了した時点で来期の見込みもなく大量の難民発生が危惧される日常アニメのタイトルが入ります。また「ファイナルファンタジーは死んだんだ」などのようにゲームの続編が出たにもかかわらず、その出来がファンを失望させた時の皮肉を込めた怨嗟の声にも使います。

他にも、チャーリーさんの名言は7選に到底おさまらないほど沢山あります。まだ推定小学生ですが一体どれほど壮絶な半生を送ったのでしょう。どこに出しても恥ずかしくない聖人君子に豹変したい凡人は、ぜひ原作「ピーナッツ」を全て読了しましょう。