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なんななナンセンス

益体もないナンセンスなことを、ある程度は掘り下げて考えた

Googleの自動運転車を超えた全部勝手に動く「全自動自動車」

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常々、疑問に感じていました。 自動車って、全然、自動じゃないじゃないかと。

ほとんど人間がアクセルもブレーキも方向も手動で操作して動かしてるじゃないかと。 自動車と呼ぶとき、まず自動運転機能が最初に思い浮かぶのは不自然ではありません。

電車が電気で動き、自動車が油で動くなら、自動車は本来、油動車(ゆどうしゃ)と呼ばれていたはずです。 どこで名付けの道を誤ってしまったのでしょうか。クルマだけに。

といった呼び方はさておき、指定した行き先まで自動で運転される自動運転車をようやくGoogleが実用化するところまで来ました。 でもまだ足りません。 それはGoogle自身が一番良く分かってるはず。

自動で給油し、自動で洗車し、自動で駐車し、車検の時期になったら自動的にディーラーの元へ向かい、車検を終えて勝手に帰ってくる。 自動運転技術を実現できるなら、応用でこれらのことも可能でしょう。

これほどまでに手間のかからない商品、どこかの家電で見たことある気がしますね。

ああ、あれだ。ルンバだこれ。

自動車のルンバ化

まるで自我に目覚めたように自律的に公道を走り回ります。

お腹が空いたら有人のガソリンスタンドに立ち寄って、食事休憩です。 無人のセルフスタンドでは、人間のような手を持たないためガソリンを入れられませんからね。

スタンドのスタッフも慣れたもので、誰も乗っていない自動車でも淡々と給油してあげます。 「これからドライブですか?」「今度、道の駅に食事でも行きましょう」と軽口を叩き合う仲です。

支払いはクルマに登録されたクレジットカードから引き落とされるので、取りっぱぐれは基本的に起こりません。 給油後、車体表面をモニタリングするセンサーが一定以上の汚れを検知したら、全自動洗車機へ自ら向かいます。 この支払いもカードで一回払い。

車検が切れそうになったら自分で車庫を開けて路上を飛ばし、馴染みの車屋へ直行します。 この時、あわせて自賠責保険の更新や税金納付も済ませます。まるで人が乗ってる場合と同じですね。

ルンバも、保障が切れそうだったり故障の兆候を感知したら、自分から部屋を出てカスタマーセンターへ勝手に移動すればよいのです。 で、終わったらGPS位置情報と帰巣本能に従って持ち主の部屋へ戻ってきて、何食わぬ顔で掃除を始める、と。

手間のかからない子ほど、知らないところで苦労してたりするものです。 なんとなく違和感がありますが、そういうことです。

野良自動自動車が社会問題に

自動自動車は、その自立力の高さからオーナーの手元を離れても勝手に走行を続け、いつしか所有者とはぐれた、あるいは所有者を持たない「野良自動車」が増えるようになりました。 おおう、儚い。

彼らは悲しい存在です。 スピルバーグ監督の「AI」やディズニー映画の「ウォーリー」などでもロボットが自らに与えられた仕事に悲しいまでに忠実な描写がありました。 野良自動自動車は人や荷物を運ぶという本来のレゾンデートルを喪失していながらも、自動車は自動車であることをやめられない。

一昔前のように放置車両に成り果ててスクラップ業者に回収され鉄鋼素材として再利用されることはありません。 バッテリーと故障受付サービスとクレジットカードの限度額が生きている限り、自動自動車もプログラミングされた本能に従って生かされ続ける。

地球を野良自動自動車が覆った時、人類の取った選択は。 なんてネタで一発、映画化いかがっすか。 というのは冗談で。

そういえば、かつて野良ルンバが増えたときも同じ問題が社会現象化しました。 家庭から必要とされなくなったルンバ達が路上をさ迷いながら、道端のゴミを清掃し続けたのです。

おかげで街の景観はキレイになりましたが、もはやゴミの無くなった街にルンバの存在理由はありません。 誰からも感謝されること無く、野良猫から敵意を向けられながら、まだ見ぬ汚い街を目指して野良ルンバ達は当てのない長い旅を繰り返すのでした。 おおう、儚いですね。

全自動化の果てにあるのは、悲しさだけなのでしょうか。 いいえ、そんなはずありません。 野良自動自動車問題にも対策が施されて解決し、人間と車にとって幸せなクルマ社会が実現することを願ってやみません。

だから、どうか。 どうか2年前に家出した我が家のルンバ、早く帰ってきて。

色は黒。 ジバニャンのシールが張ってあります。