この街は朝から静寂に包まれています。
駆け込み乗車を注意する駅員の声も、ティッシュ配りのお姉さんの掛け声もありません。
ここは筆談限定特区と呼ばれ、全てのコミュニケーションが筆談によって成立する都市。
ちなみに、昼も静かです。
まさにサイレントなヒル。
ランチタイムでごった返してるファストフード店やラーメン屋も、誰一人おしゃべりしていません。
注文形式は食券機での職権購入が基本のため、声を出す必要も聞く必要もないシステム。
咀嚼音と食器の触れる音だけが響く店内。
夜のディナーに至っても変わりません。
居酒屋での乾杯は無言。
注文は各テーブルにあるタッチパネル。
店員を呼び出したい時は各テーブルにあるボタン。
設備が用意されていない時はすべて筆談を用います。 面接も、告白も、喧嘩も、会議も、授業も、寝言も。
そう、全部。
スナック、キャバクラ、風俗も筆談
口から二言目が出てこなくてアガッてしまいがちな方。
もう恥ずかしがることはありません。
ここでは文章力だけが試されます。
普段、口が回ってうまいこと言いまくってオイシイ思いしてるのに、文字で紙に書こうとすると思い通りに全然書けなくて固まってしまいそうな人。 ざまあ。
がんばって口先ではなくテキストを磨いてください。
普段ネット上で飾らない感情を垂れ流し周囲を閉口させている人ほど、筆談するとスムーズに自己表現できるものです。
キャバクラで女のコを口説くのも、スナックでママさんと子供みたいな大人の会話をするのも紙とペンだけ。
向こうもそのつもりです。
風俗に至っては、どんなに気持ちよくても声を出さないプレイをお願いします。
その方が興奮するって人には、最高の特区となるでしょう。
ボディランゲージはセーフですよ。
日本語にすると、肉体言語・・・
おおう、生々しい。
この辺り、私には一生、縁のない話なので全部想像上の光景。
筆談でも多分、会話にならないって自信あります。
結婚式のスピーチやお葬式の弔辞も見せるだけ
輝かしい人生が華開く瞬間、ブライダルステージの上で黙々と一筆、したためてもらいます。
でも、読み上げないでださいね。
会場に向かって見せるだけ。
お父さんのスピーチという名の巨大プラカードに書かれた娘へのメッセージを読んで感極まって涙が溢れてきても、嗚咽を漏らすことは禁止されています。
感謝の言葉が口をついても、必ずペンで紙に書いて見せましょう。
ああ、結婚証明書は普通にサインして結構です。
余計なことは喋らないでくださいね。
あと、遺書も普通に書いて大丈夫です。
時世の句は札に墨で書くわけですから、筆談限定特区的には全く変ではありません。
問題なし。
親族や弔問者へ向けての弔辞も、用意してきた書面があるかと思いますが、広げてバーッと公開していただければ済みます。
様々な想いが心に去来するかとは存じますが、決して口にせず慎み深く胸の内に秘めておきましょう。
冠婚葬祭は、筆談限定特区自体に疑問を感じた住民からクレームを受けやすい代表的な習慣のようですね。
電話は繋がりません
筆談限定特区内での通話は、他の住人様のご迷惑となりますため禁止されております。
電源をお切りいただくか、マナーモードに設定の上、ご使用をお控えください。
緊急など所用の場合は、筆談限定特区外にてお願い致します。